少ない兵の中から、出陣より多い護衛の兵をつけて 息子を故郷に帰した別れには、自分が死んだ後も 楠一族が滅びるまで天皇をお守りするのだという 大責任を継承させる強烈な願いが託されていました。 湊川の戦い ケタ違いの大軍にも 最後まで天皇に背くことなく 堂々と戦った正成は、 最期は弟の正季と刺し違えて討死。 後醍醐天皇は敗退しました。